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福岡高等裁判所 昭和40年(行コ)2号 判決

控訴人・原告 林雅親

訴訟代理人 田中実

被控訴人・被告 筑紫野町農業委員会

指定代理人検事 斉藤健

主文

原判決を取消す。

控訴人の訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が原判決別紙目録記載の土地につき農地法第八条所定の公示及び通知をなす義務があることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、

控訴代理人において、農地法第七条第一項三号に所謂「近く農地又は採草放牧地以外のものとして省令で定める手続に従い都道府県知事の指定を受けた小作地又は小作採草放牧地」というのは次の如く解すべきである。

即ち(1)  第七条第一項は農地法の重要規定である同法第六条の小作地等の所謂制限規定に対する例外規定であるからその適用は厳正にされるべきであつて拡大解釈は許されず、従つて同法第七条第一項第三号所定の都道府県知事の指定がある場合にのみ適用されるものというべきである。本件土地については右指定がないから同条項の適用はない。なお、本件土地の地目は昭和二四年三月一四日宅地に変換されているけれども、右は不正に自作農創設特別措置法の所有制限規定の適用を免れる目的の下になされたものであり、右宅地変換の事実を以て本件土地の宅地化の資料となし得ない。

(2)  「近く農地又は採草放牧地以外のものとすることを相当とするもの」とは、近い将来に住宅地、工場敷地等に転用されることが確実であり、そのための資材面、資金面での計画が相当程度に具体的となつている場合を指称すると解せられ、単にその周辺が市街地として発展すべき環境にあるというだけではこれに該当しない。本件土地所有者である訴外樋口鉱業株式会社は本件土地を農地以外に転用するための具体的計画も実行力も有しないから、いずれにしても本件土地は農地法第七条第一項第三号の例外規定に該当しない。

と述べ

立証として控訴代理人は甲第一八号証の一乃至六、同第一九号証の一乃至一九、同第二〇号証の一乃至三、同第二一乃至二三号証、同第二四号証の一乃至四〇、同第二五号証を提出し、当審における検証及び控訴本人尋問の結果を援用し、乙第四号証の二のうち、樋口清八作成部分を否認してその余の成立を認め、乙第二、三号証同第四号証の一、同第五乃至七号証の各一、二、同第八乃至一六号証の成立を認めると述べ、

被控訴指定代理人は、乙第二、三号証、同第四乃至七号証の各一、二、同第八乃至一六号証を提出し、当審証人安田勝馬、同石川広士、同斉田啓造、同市川徳美の各証言を援用し、甲第一八号証の一乃至六、同第一九号証の一乃至一九、同第二〇号証の一乃至三、同第二一乃至二三、同第二四号証の一乃至四〇、同第二五号証の成立を認めると述べたほか、原判決事実摘示のとおりであるからこゝにこれを引用する。

理由

先ず控訴人が本訴につき訴の利益を有するか否かを検討するに、農地法は同法第六条第一項第一号に該当する農地であつても直ちに国による強制買収の手続をとることなく、かかる農地の所有者に対しては、自発的に同法第八条による公示の日より一定の期間内にその所有権の譲渡をなすべきことを期待しかつ、これを義務付けており、当該農地の所有者がこれをしない場合に始めて国による買収手続に移行する建前をとつていることは、同法第六条、第八条、第九条等の規定に照して明らかであつて、市町村農業委員会によつてなされる同法第八条の公示および通知も、これにより直接には当該農地の所有者に対し、所定の期間内にその農地を他に譲渡すべき義務を生じさせるに止まり、当該農地の小作人がこれによつてその農地の譲受又は買受の権利乃至法律上の地位を取得するものと解すべきではない。尤も地主が自発的に当該農地の所有権を他に譲渡する場合には、同法第三条の許可手続をとることとなり、同条第二項第一号によれば、小作地については、当該小作農以外の者に所有権を移転することを禁じているので、その反面においてかかる小作地につきその所有権を取得し得る地位にある者は、当該小作農のみという結果となるが、小作農のかかる利益は、同条項の禁止規定によつて受ける反射的利益にすぎないものと解すべきである。してみると、かかる小作農は、市町村農業委員会が当該農地について同法第八条に基く公示、および通知の処分をなさないことにより、直接自己の権利乃至利益を侵害せられたということはできないから、本件土地が仮りに同法第六条第一項第一号所定の農地に該当し、控訴人がその小作人であるとしても、これにつき被控訴人に同法第八条の公示、および通知をなすべき義務があることの確認を訴求する法律上の利益はないものといわざるを得ない。

よつて控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、不適当としてこれを却下すべく、控訴人の本訴請求を適法と判断したうえこれを棄却した原判決はこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九六条前段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川井立夫 裁判官 木本楢雄 裁判官 松田冨士也)

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